好奇心の部屋

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造幣局vs質屋~民法193条の使いどころ?~

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珍しい条文が請求の根拠になっているようなのでコメント。

 

1 民法193条の内容

 民法193条では,

「前条の場合において、占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から二年間、占有者に対してその物の回復を請求することができる。

 と規定されています。

 この規定を理解するためには,「前条」である民法192条を理解していないといけません。

 

 民法192条は

「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。」

 と規定されています。

 

 法律を勉強したことのある人にとっては「即時取得」を定めたとても有名な条文です。

 厳密な議論をし出すと大部になってしまうので,要するに,他人の物(動産)だと知らないで買い取った物については,知らないことに過失がなければ買受人に権利(普通は所有権)が帰属するという規定です。

 

 193条は,192条の例外を定めた規定ということになります。

 ざっくりまとめると,他人の物だと知らないで,かつ,過失がなかった場合であっても,取引の対象となった物が盗まれた物又は遺失物であるときには,元の所有者が2年間買受人に,自分に返すように請求できるということです(ざっくりまとめても若干分かりにくいですねw)。

 

 上記の記事の場合だと,元の所有者が造幣局,買受人が質屋ということになります。造幣局は,民法193条を根拠に,質屋に対して「金塊返せ!」と請求しているということになります。

 

2 質屋の反論

 質屋側は上記の193条に基づく主張に対して,「金塊は横領されたものであって,「盗品又は遺失物」には該当しない」と反論しています。

 一般的には「盗品」とは窃盗又は強盗によって所持を奪われたもの,「遺失物」とは占有者の意思によらないでその所持を離れた盗品以外の物をいいます。*1

 ちなみに上記に続いて「本条の例外はなるべく狭く解釈するべきであり,詐取された物,横領された物などについては,本条の適用はないといってよい」*2との指摘もなされています。

 仮にこの解釈を前提とするのであれば,横領なのか窃盗なのかは非常に重要な争点になりそうです。

 

3 窃盗と横領の区別

 窃盗罪(刑法235条)と横領罪(刑法252条1項)の区別については,「占有侵害」の有無が一つの基準になります。

 窃盗罪は,被害者の占有権を侵害しているところにその違法性の根拠があるのに対して,横領罪の場合は犯人の方が委託に基づいて物を占有しており,その委託信任関係に反して占有している物を自分のものにしてしまうところに違法性の根拠があります。

 本件の場合,「金塊」の占有が,もともと犯人のもと(占有下)にあったのか否か,が判断に当たってのポイントになります。

 

4 刑事裁判では・・・

 上記記事によると,刑事裁判では「窃盗罪」と認定されているようです。

 そうすると,民事裁判でも窃盗罪と認定されなければならないのでしょうか?

 結論から言うと,そういうわけではありません。例えば,刑事裁判では無罪となっても,民事裁判では犯罪を行ったものとして損害賠償責任を負わされる場合もあります。そもそも,民事裁判と刑事裁判とでは提出される証拠が異なりますし,手続き的なルールも異なりますので,一定程度,判断が相違することは当然の前提となっています。

 もちろん,厳格な刑事裁判で認定されたわけですから,相応に強い根拠とはなり得ます。

 しかし,本件の場合であれば,窃盗なのか横領なのかは,検察官の訴因の構成次第(つまり,検事がどう考えていたのか)ですし,例えば刑事裁判の法廷で,窃盗ではなく横領だから無罪です!と言って争ったわけでもないと思われますので(実際どうだったかは分かりませんが・・・),窃盗と認定されていることについて,そこまで重きを置くこともできないと思います。

 以上から,手続きの進み方次第では,窃盗ではなく,横領によるものであると認定される可能性はあり得ると考えられます。

 

5 公平の観点からは・・・

 さて,法律の規定を離れて考えた場合,本件では造幣局の主張は認められるべきでしょうか。

 本件で,質屋の側が,盗品だと思っていた等の事情があった場合には,そもそも即時取得は成立しませんので,所有権は造幣局にあるままになります。即時取得が成立している=質屋は何も悪くないという前提で考えると,なぜ何も悪くない質屋が損失を被って金塊を造幣局に返還しなければならないのか,というのが一般の感覚になるのではないでしょうか。(193条の規定で請求しているということは,192条が適用されることは前提にしているということです)

 抽象的に言えば,造幣局側は,自分の管理する職員の犯罪から生じたリスクを,質屋という第三者に転嫁しているように見えます。金塊が職員に盗まれる,あるいは横領されたりしないように管理することができたのは造幣局側です。つまり,リスクに対応できたのは造幣局だけです。にもかかわらず,造幣局側がなんの損失も負担しないまま,なぜか質屋側が損失を負担することになるというのは,やはり納得いかないところがあると思います。

 リスクに自ら対処せず,リスクが顕在化したら,今度はそのリスクを第三者に転嫁するというのは,正義にかなっているようには感じられません。

 上記に記載した通り193条を「なるべく狭く解釈するべき」とされている理由も,この点にあるのではないかと思われます。

 なお,バランスを考えて,194条の規定(193条の場合のさらに例外)が本件にも妥当すると解釈すれば,質屋は買い取った金塊の価額賠償を受けないと返還する義務を負いませんので,質屋も一定程度保護されることになります。

 ただ,その場合もこの間の金塊の価値の値上がり等については考慮されないことになりますので(値下がりも考慮されませんが),若干の不公平感は残ることになります(造幣局側は値上がりしていれば193条の権利を行使し,値下がりしていれば第三者から金塊を購入する方が得ということになる)。

 制度上仕方ないといえばそれまでなのですが,本件で造幣局リスクヘッジできてしまうということを認めてしまって良いのかは,よくよく検討するべき事情なのではないでしょうか。

 

 判決がどうなるか気になりますね。和解ではなく判決になった場合には,再度検討したい事件です。

 

以上

 

*1:我妻・有泉コンメンタール第4版414頁

*2:同415頁